- 13 名前:汎用みか型決戦兵器 ◆vuBlG/MIKA [2008/10/29(水) 15:34:34]
- >>12
そういっても差し支えないかもしれません。
何を自覚して何を自覚しないか、というのは
思考している言語によって異なるわけです。
「しずけさや 岩にしみいる セミの声」
という有名な俳句があるんだよ、と
日本語習いたてのアメリカ人に教えるとします。
すると、アメリカ人はこう聞き返してくるかもしれません。
「そのセミは何匹ですか?」と。
たぶんこの俳句を作った松雄芭蕉も含めて、
日本語で思考する人は、セミの「数」を自覚しません。
一方、「複数形」の存在する言語で思考する人は、
こういうとき、セミの「数」を意識しているはずです。
そういうことと同じ現象と考えていいのではないでしょうか。
人称変化のある言語や、主語の提示をしなくてはならない言語は
常に「その行為は誰の行為か」を意識するわけです。
だから、例えばメイドさんがお皿を落として割ってしまったとして
「ご主人様、お皿が割れました」と(英語で)は報告しないのです。
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